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CD-Rを焼く
データが物質だった頃
CD-Rは、保存ではなく、焼成だった。
データを移すのではない。
空の円盤の表面に、何かを刻みつける。
まだ見えない音楽や写真やファイルが、光る薄い板の中へ入っていく。
書き込み速度を選ぶ。
4倍速、8倍速、16倍速。
速ければいいわけではなかった。
速すぎると失敗する気がした。
機械にも、円盤にも、こちらの焦りが伝わるようだった。
画面には進捗バーがある。
残り時間が表示される。
その間、ほかの作業はあまりしたくない。
余計なウィンドウを開かない。
マウスを動かすことさえ、どこか遠慮する。
バッファアンダーラン。
その言葉には、ほとんど事故の響きがあった。
失敗したCD-Rは、戻らない。
もう一度フォーマットして使えるわけではない。
銀色の円盤はそこにあるのに、中身だけが失敗している。
見た目にはほとんど同じなのに、もう何者にもなれない。
CD-Rは、カセットテープのあとに来た。
誰かのために曲を選ぶ。
順番を考える。
一曲目でどう入るか。
真ん中で少し落とすか。
最後に何を残すか。
ミックステープでやっていたことを、今度はCD-Rでやった。
ただし、そこには少しだけコンピュータの冷たさが混じった。
波形ではなくファイル名。
録音ボタンではなく書き込みボタン。
A面とB面ではなく、74分か80分か。
それでも、手渡すときの感じは似ていた。
ケースに入れる。
ラベルを書く。
油性ペンでタイトルを書く。
曲名を書くこともある。
何も書かずに渡すこともある。
その円盤は、ただのデータではなかった。
誰かの部屋で再生されるはずの時間だった。
車の中で流れるはずの順番だった。
夜に聴かれるかもしれない、こちらから向こうへ渡した小さな環境だった。
CD-Rは、音楽好きの道具でもあった。
PCに詳しい人だけのものではなかった。
バンドをやる人。
DJをする人。
クラブやレイヴに行く人。
友達に曲を渡したい人。
レンタルCDを借りてきた人。
自分のベスト盤を作りたい人。
みんな、焼いていた。
焼く、という言葉がよかった。
コピーする、では足りなかった。
保存する、でも足りなかった。
そこには熱があった。
不可逆性があった。
一度やったら戻れない感じがあった。
データは、まだ物質になれた。
音楽は、まだ円盤になった。
写真は、まだケースに入った。
ファイルは、まだ誰かに手渡せた。
クラウドの向こうに置かれる前に、データは一度、光る面を持っていた。
CD-Rを焼くことは、単なる複製ではなかった。
選ぶこと。
並べること。
待つこと。
失敗しないように祈ること。
最後に取り出して、裏面を光にかざすこと。
そこには、データが物質だった頃の最後の強い手触りがあった。
——観測終了。